2014年01月16日

「フリ」などは所詮想いを伝える「言葉」にすぎない。不器用でもその言葉を必死に伝えようとする、その姿に人は心を打たれるんだ。要領の良さなどうちには必要ない(『AKB49〜恋愛禁止条例〜』より)

こんにちはこんばんは。


お芝居を観ていて「なんか感情が薄いなぁ」とか、ダンスを観て「わからん」とか思ったりするんです。

特に自分の演ったモノは。

何が原因かと突き詰めると「現実味が無い」ということに行き着く。

カタカナにすれば「リアリティが足りない」だ。

もちろん、お芝居は「一種の嘘」と捉えることもできるから、現実味を持ってくることは矛盾したことなのかもしれない。

しかし、「演じる」ということを考えた時、それは必要だと思うのです。

「生きた人間が表現する」そこには熱量や感情、あるいは情念や精力が込められるはずであり、観客はそれを求めている。

でなければロボットや音声再生ソフトで済む話なのです。

その方がコストもかからないし、失敗のリスクも少ない。そして何より、全く同じ精度のパフォーマンスが何十回も何十年もできる。

だからこそ、私たちは「演じる」んだと思うのです。

生きた証を残す為に。


というわけで『AKB49〜恋愛禁止条例〜』オススメです。

ではでは。<(_ _)>
posted by みつなり at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記【考察】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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