2013年06月11日

武器に関わるとろくなことがない。「自ら進んで」でも「強制的に」でもたった一度触れると、呪われ、巨大な歯車の一枚の歯となってしまう。(『ヨルムンガンド』より)

こんにちはこんばんは。

文章にも句読点があるように気持ちにも区切りがあると思っている
その方が生きやすいから
そしてその事が他人に迷惑をかけることもある

後からですが、私に関わった人には申し訳ない、そしてありがとうございます。
これから関わる人、先にごめんなさい、そしてよろしくおねがいします。

ところで最近、自分と対峙することがよくあります。
表面的だったり内面的だったり。
新しい状況に置かれることで変化の出る時期。
よく5月病なんて呼ばれますが、丁度その頃から私も沈んでおりました。

今はだいぶんさっぱりしましたが、やっぱり喉の奥に小骨が刺さっている感じは拭いきれませんね。
深く考えすぎると呑まれてしまうので、一時的な素潜りをしていると思って日々生活しています。

「いつも変わらず、そこに居る」ことの難しさ。

久しぶりの記事はこんなところで。

ではでは。<(_ _)>
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2013年06月07日

ボス本人が早々に応えてやってちゃあ、安心してフ抜ける奴も出てきちまう。(『ヨルムンガンド』より)

こんにちはこんばんは。

アクションという授業があるのですが、その中でひたすらやった素振りの意味を考えていた。

結果として2グループに分けて授業が進んでいたのですが、方や素振りや単調な動作の繰り返し、方や剣劇等の立ち回りになり、私は前者でした。

私は基礎ができていないのか?
切っ先を意識するか?
切り口を綺麗にするか?
腕の振りはどうか?
立ち姿や表情はどうか?
もしや、対抗意識を作ることで競争性を高めようとしているのか?

考えはまとまらない。

結局、自分にとって「合ってる」なと思う選択をする方が、気持ちは楽。

完全平等など存在しないのだから、不完全平等を意識しないのがベターか。

えこひいき、あって当然、差別区別、然りの世界に身を投じた以上、仕方ないと思うしかないのか。

ただ言われたからがむしゃらにやる、は理解が遅かったりしやすい。これはどういう意味があるのか、どう意識すると変わる・変わらないのか、考える。

動きながら考える。

何か見えてくるものがあるかな?

感情は一旦棚上げしておこう。

ではでは。 (*^_^*)
posted by みつなり at 00:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記【考察】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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